福島と薬剤師




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福島と薬剤師

今は東京での勤務ですが
2011年の12月から福島県郡山市の薬局で仕事をしていました(約1年半

放射線の事もあったので最初に福島に行くとわかったときは両親には大反対されました。
それでも「人が足りないんだからしょうがないでしょ」と言って福島入りです。

妻(当時は婚約者)は人手が足りないことをわかっていたので、「余震もあるし気を付けてね~」と快く送り出してくれました。
感謝!

12月だったので、雪のちらつくクリスマス時期だったと思います。
東京ではなかなか降らない雪にちょっと心が躍る初郡山でした。

1週間のうち週の前半は東京での勤務とお休みをもらい
毎週水曜OR木曜に自宅から新幹線で通い現地ではホテルに滞在、
土曜日の勤務終了後にまた新幹線で帰宅する生活を1年半ほど繰り返していました。
午後がお休みの日は現地のお祭りに参加したり、猪苗代湖に行ったり、会津近くまでお蕎麦を食べに行ったり満喫していました。

3.11の震災後は 原発の影響で福島県から流出してしまい、東京からヘルプが必要なくらい薬剤師さんが足りなかったんです。
郡山は福島県でも1~2を争う大きな都市で、原発から避難してきた人が多く住んでいました。
大きなグランドに当時は仮設住宅が沢山ありましたし、公園などには空気中の放射線量を測る
モニタリングポストがあったり、除染の結果を掲示する看板もあり、福島県に来ているんだなと実感しました。
ただし、子供は殆ど見かけませんでした

モニタリングポスト写真
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看板写真
2012_03_28_08_52_22.jpg

人手不足のところに東京からヘルプが来てくれたということで、現地のスタッフさんには
非常に感謝され、福島に行くたびに、社長や店長などと食事をしたりして、スタッフの誕生日会に参加したり・・・・
おかげで日に日に太って行ったのは良い思い出です。

食べ物もおいしいし、人も優しくてすごくいい場所です。
方言でしゃべるお年寄りの話は半分ぐらいしか話が分からないこともありましたが、高齢者の多い地域で
認知症の処方が多かったので薬剤師としても非常に成長できたし、楽しかったです
震災以前から東北地方は薬剤師が不足していたので、今でも薬剤師さんは不足していると思います。

東京のお店で店長をすることになったので福島にはそれ以来行っておりませんが
子供がもう少し大きくなったらまた遊びに行きたいと思っています。

子供を連れてアクアマリンふくしまにも行きたいです。夫婦ともに大好きです。

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ABOUTこの記事をかいた人

薬局に勤める平凡な薬剤師です。 大学を卒業してから12年間、町の調剤薬局で日々患者さんと触れ合ってきました。 コミュニケーションがうまく取れず怒られることも多かったですが、 最近では「感じがいいからこっちに来た」という有り難いお言葉を頂くまでに成長。 日々、地域の方の健康のお助けをしています。 そして2歳と1歳の父でもあります。